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神武優里のアルポートな透析ブログ『終わらない明日へ』

透析患者で病院職員の四十路おっさん(笑) アルポート症候群の影響で難聴なのと、元々の性格から、なかなかの人見知り(苦笑) でも、透析歴30年を前に、他のアルポートや透析患者・関係者との接点を持ちたくてブログ開設しました。専門的な内容よりも、日々のなにげないエピソードを載せていきたいと思っています。

透析歴①

おはようございます。神武です。

 

そういえば、予想外の心房細動のせいで、肝心の透析歴が未記載でしたね(苦笑)。

 

16歳(高2・5月) CAPD導入手術

この年の年明けくらいから腎機能が加速度的に悪化していきました。

前年年末の風邪がきっかけだったように思います。

私が入院していた県立病院では、Creの値が5.0を越えてくると、シャント作成など透析導入の準備に入っていました(当時)が、私はCAPD希望だったので、この時点でもシャントは未作成でした。

ただ、小児科主治医からは『もしもの時のために、シャントも作る』とは言われていましたが…。

 

4月30日。体調が最悪で、自分の病室で横になっていると、ナースステーションから眠前薬を飲みに来るようインターホンで指示がありました。

そのためベッドサイドに降りた途端、これまでにない強い立ち眩みが。

同時に目の前が真っ白に。

まわりが見えないまま手探りでドアを開けて、手摺を頼りに半ば這うようにしてナースステーションまで行きましたが、立っていられないんですね。

ナースステーションの前にはガラスの壁をはさんで公衆電話があったのですが、そこの椅子にどうにか座ると、ガラスを叩いてステーション内の夜勤看護師に気づいてもらいました。

ナースステーションの中に入るだけの体力が無かったんですね。

そのまま車椅子に乗せられて、元々の大部屋病室ではなく個室に運ばれました。

すぐさま採血をした結果、翌日5月1日、緊急でCAPD導入手術となりました。

あとで知ったのですが、この時のCreの値は15くらいで、貧血も相当進んでいたようです。

そりゃ倒れるわ(苦笑)。

 

透析歴2に続きます。