読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

神武優里のアルポートな透析ブログ『終わらない明日へ』

透析患者で病院職員の四十路おっさん(笑) アルポート症候群の影響で難聴なのと、元々の性格から、なかなかの人見知り(苦笑) でも、透析歴30年を前に、他のアルポートや透析患者・関係者との接点を持ちたくてブログ開設しました。専門的な内容よりも、日々のなにげないエピソードを載せていきたいと思っています。

今夜の晩ご飯(2017/03/26)

料理

ポテトサラダ

f:id:JINMU-YUURI:20170326212315j:image

時短&効率的なカリウム抜きのために、ジャガイモとニンジンはそれぞれ角切り・スライスしてから茹でました。

更に時短(とゆー名目の手抜き😅)のため、ジャガイモはまったくつぶさずに形を残したまま使用。

そこに、茹でたマカロニ、塩もみした玉ねぎ・キュウリ、油切りしたツナ缶を混ぜながら、マヨネーズ、塩、こしょう等を投入。

わざと薄味に仕上げます。

なぜなら、我が家の人間は、結局食べる際に好みで調味料を足しちゃうから(笑)。

今夜の晩ご飯(2017/03/25)

料理

ちくわとわかめの炒め物(ver.2)

f:id:JINMU-YUURI:20170325193800j:image

今回は春雨も入ってます(笑)。

お湯で戻した乾燥わかめと春雨(茹でずに使えるスープ用)を、輪切りにしたちくわと一緒に胡麻油で炒めるだけ。

味付けは、今回は顆粒の和風だし、めんつゆ、少々のキムチのもと。以上。簡単です(笑)。

 

味噌汁

f:id:JINMU-YUURI:20170325194303j:image

昼に作った高野豆腐と油揚げの味噌汁。

分量を間違えて、ちょっとしょっぱかったんですよねぇ(苦笑)。

でもって、具の組み合わせが高野豆腐と油揚げって…(まぁ、自分で作っておいてなんですが😅)。

で、邪道だとは思いましたが、手を加えました。

水と顆粒だしを追加した上で、モヤシと乾燥椎茸(スライス)を投入。

椎茸のいい旨味が追加され、塩味が減っても美味しくなりました。

 

野菜炒め

f:id:JINMU-YUURI:20170325194934j:image

野菜炒めとは言いつつ、玉ねぎとピーマンだけ(苦笑)。

年寄り家族対策で、肉は細かく切ってます。

味付けは、オイスターソースと中華だしと醤油、こしょう、です。

野菜にはカリウム、肉にはリン…。

私は作るだけで、あまり食べられませんね😅。

次は腰痛だよ…(苦笑)

アルポート・透析

お久し振りです。

最近、家族にハプニングがあり、家庭内が非常にバタバタしております。

 

そんな時に限って、これまで罹患したことのない腰痛にかかってしまったとゆー、正に泣きっ面に蜂状態ですね。

 

先週金曜17日の朝、起床したらもう腰が痛い。特に誘因もなく…です😅。

寝てる状態から身体を起こす際、またはその逆の際に、脈打つごとにズキズキと痛むのですが、最も痛いのが仰向け。

腰を伸ばしてる状態が痛いのかな。とにかく、普通に寝て癒せないのですよ。

幸い、身体を起こしていると、痛みはほとんどありません。無意識に少し腰を曲げているのかも…?

 

だから、18日からの三連休も難なく過ごせて、このまま治癒するかと思われたのですが、週明け一発目の仕事が腰痛を悪化させましたねぇ(苦笑)。

外来カルテへの書類綴り⤵。たまりにたまった書類を外来カルテに綴る為、カルテ棚からカルテを引っ張り出してきては、作業台で綴り、元の場所にカルテを戻す。これを午前中延々繰り返しました…⤵⤵⤵。

単純作業ですが、透析患者の私には結構な重労働です。

 

分厚くなってるカルテも多いし(つまり重い)。医事課の中をそんな重いカルテを持ってウロウロしっぱなし。

そりゃ腰にくるよ(苦笑)。

 

しかも、左腕のシャント保護のため、作業台まで一度に持ってこられるのは、せいぜい3冊まで。自然と作業台とカルテ棚の往復回数が増えます。

もちろん、左手は添える程度で、メインでカルテを抱えるのは右手なのですが、カルテ棚からカルテを取り出す際には、結局左手も使わざるを得ない。

なぜなら、カルテが乱雑に収納されていて、片手ではスムーズに取り出せないから!!(怒)。

 

22日水曜はまったく仰向けになれず、予約だった歯科受診を延期してもらい、透析も穿刺時以外は側臥位で受けるはめに。

 

翌23日木曜の朝、私はよほどくたびれた顔つきと姿をしてたんでしょうね。家族から『お前、今日は仕事を休め』とストップがかかりました(笑)。

それまで大丈夫だった立位でも痛かったですからねぇ。

 

とゆーわけで、23日は家で一日中側臥位で寝てました。

その甲斐があってか、翌朝には腰痛はほぼ消失、無事出勤しました。

 

原因は何だったんでしょうかねぇ。

それがわからないと、気を付けようがなくて困るのですが…😅。

ここ2、3年で体重が10㎏以上増えたから!?(苦笑)

腰痛持ちの方が日常的にこの痛みを感じているのかと思うと、気の毒だし、なんだかゾッとします。

 

幸い今回は無治療(安静のみ)で軽快しましたが、次に腰痛が出現したら整形外科受診ですね⤵⤵⤵。

 

っつーか、今また、ビミョーに痛いんですけど…😅。

今夜の晩ご飯(2016/03/02)

料理

ちくわとわかめの炒め物

f:id:JINMU-YUURI:20170302192917j:image

 

モヤシのカレー炒め

f:id:JINMU-YUURI:20170302192932j:image
 

餃子 

f:id:JINMU-YUURI:20170302192946j:image

玉ねぎとわかめの酢の物 

f:id:JINMU-YUURI:20170302193001j:image

しじみと豆腐の味噌汁 

f:id:JINMU-YUURI:20170302193013j:image

あ~疲れた(苦笑)

透析歴②

アルポート・透析

こんばんはー。神武です。

今、まさに透析中です(苦笑)。

 

16歳(高2・5月)CAPD導入手術当日

個室に入れられましたが、あまり緊迫感とゆーか、切迫感はありませんでしたねぇ。

看護師さんが気を使って、当時付き合ってた彼女を個室に連れて来てくれたりして(苦笑)。

 

あ、入院中とはいえ、年頃ですし(笑)、高等部になると入退院はあまりなくなる(メンバーが固定される)ので、気の合った男女が付き合うことはよくありました。

もちろん、入院患者同士で病人同士とゆーことになりますが😅

 

翌日(手術当日です)、春に退院したはずのT1君が、私のもとを訪れました。

彼も透析患者でしたが、他院で透析していたので、この県立病院に用は無かった筈なのですが…😅

何故彼が来たのかは、今も不明(笑)。

午前の手術の予定が午後からとなり、余った時間は、彼の脅しの時間でしたね(苦笑)。

『腹を切るんだから痛いに決まってる』と(苦笑)。

THE他人事!!(爆)。

 

術部の剃毛など準備をして、いよいよ手術となったのですが、リラックスさせるために術中に聴かせてくれるカセットテープ(笑)を持っていっていいとのこと。

私は当時からTスクエアのファンだったので、それを持っていこうとしたら、T2ちゃんとT4君から『持っていけ』と別のテープを押しつけられました。

セックス・ピストルズでした😅

手術中に聴けるか!!(爆)

 

あまりに緊張したため、腰椎麻酔の予定が局部麻酔に変更となりましたが、特に問題もなく手術は終了。

CAPDのカテーテル挿入術は、難易度は高くないとか…。

担当の男性看護師さんが『俺でも出来る』と豪語してました(笑)。

 

ただ、術中気になった事が…。

その…なんですか…玉のね…袋を…ですね…(言いにくい😅)、術中ずっと、何か熱い物で下から持ち上げられていたような…???😅

局部麻酔だから、そこの感覚ははっきりしてるわけです。

最近、職場の看護師さんに、温めながら持ち上げる理由を訊ねたのですが、わからず。

『そんなこと、するかなぁ?』と言われました😅。

私の記憶違いですかねぇ。

持ち上げられた直後、けっこうな熱さで、『やけどするわ!!』と思った記憶もあるのですが…(苦笑)。

 

術後、様子を観るために手術室で何回か透析液(ダイアニール)を交換してから、もとの個室に戻りました。

で、安心したのか、爆睡(笑)。

次に目覚めたときには、高速道路を使って片道2時間かかる地元から、父親が到着してました。

仕事中に『緊急手術となった』と報告を受けて、早退してきたとか。

緊急手術だったけど、昨夜には決まってたじゃん(笑)。

 

透析歴③に続きます。

今夜の晩ご飯(2017/02/26)

料理

スクランブルエッグ(トマトソース)と焼肉


f:id:JINMU-YUURI:20170226192516j:image

透析患者の身体に悪そうな取り合わせですねぇ(苦笑)。

今、家にあるものでは、こんなものしか作れない…。

確定申告の準備をしてたら、買い物に行けなかったんだよぉ(泣)。

まぁ、家族用のおかずですね。

私は味見程度にしておきます。

食べながらホスレノールの服用を忘れずに、とゆーことで(笑)。

病院・養護学校・友人(高等部時代)

アルポート・透析

CAPD導入手術前後のことを語る前に、入院していた県立病院と友人の説明を少し(笑)。

 

透析導入した県立病院

その県立病院は小児医療(主に腎臓疾患と喘息)に力を入れている病院で、本館とは別棟で小児科病棟と養護学校が設置されていたんですね。

 

小児科棟はロの字型の建物で、主に東側が学校部分、それ以外の三方が病棟部分という区分けで、特に境界に区切りはなく、シームレスで学校部分と病棟部分を行き来できました。

子供の全速力で一周30秒ほどの大きさです(笑)。

病室にいても学校のチャイムが聞こえ、同じ階であれば鳴り終わるまでに病室から教室に駆け込むことも可能でした(爆)。

 

4階建の小児科棟は、

・1階:小1から小5の喘息児病棟(7病棟)と小学部低学年教室

・2階:小1から小5の腎臓疾患児病棟(8病棟)と小学部高学年教室

・3階:小6から中2と未就学児の病棟(9病棟)と中学部

・4階:中3と高校生病棟(10病棟)と高等部

といった区分けでした(おおざっぱにいうと、です😁)。

 

7病棟には小児科棟用の玄関や体育館がある、7と8病棟には本館と繋がる渡り廊下がある、9病棟には保護者が泊まることができるホテルセクションがある、10病棟には腎臓移植用の施設があるなど、細かな違いはありましたが、全ての階が似た造りでした。

 

小2の夏休みから高校卒業まで入院していた私は、成長するにつれて8➡9➡10と転棟していったわけですね。

 

高等部時代の友人

入院生活で中学卒業というのは、大きな節目でした。

義務教育である中学までと違い、高校在学中の転校は試験をともないます。

養護学校高等部に入学すると、病気が改善しても転出そのものが煩雑になるのです。

そんなわけで、一度高等部に入学・転入したら、ほぼ全ての児童が卒業まで入院します。

ですから、中学卒業と同時に退院する児童が多いわけです。

もちろん、私のように病状が退院を許さない児童は、高等部の入学試験を受けて入院継続となりますが…(泣)。

 

私の親しい友人達の大半が、中学卒業を機に退院していきました。

そして、大幅にメンバーが入れ替わったクラスで始まった高等部。

 

この頃既に極度の人見知りだった私は、新しい同級生に親しい友人はできず、遊び仲間が以前から顔馴染みの先輩や後輩ばかりになったのは自然なことでした。

 

私が高校1年の時の主な友人が、高3の『T1』君、高2の『T2』ちゃん(注意:男です😁)、中3の『T4』君でした。

私の本名を含めて、みんな名前のイニシャルがTだったんですね(私がT3 笑)。

病気の種類も学年も出身地もバラバラな4人でしたが、一致団結してヤンチャでしたねぇ(爆)。

 

透析歴②に続きます(2回目😅)。